東京都新宿区のプロテスタントのキリスト教会
メッセージ・アーカイブ

年別アーカイブ:2020年

問題だらけの人生に 「聖なる種」が宿る 2020年7月14日 早天礼拝

ルカ1:26-38
説教者:坂本兵部牧師
マリアも婚約者ヨセフと同様に、ダビデの家系の問題多きDNA を持っていました。しかし、彼女が聖霊によってイエス様を懐妊したという出来事は、彼女同様に問題だらけの先祖を持ち、その影響で“訳あり”の人生を生きている私たちを、救い癒す神様の秘密作戦が、地上に斬り込んできたということでした。今日私たちが、イエス・キリストを告白しているということは、マリアの受けた恵みを私たちも聖霊によって受けているということであり、マリアと同様に「御言葉通りこの身になりますように」と告白できる、幸いな人生を生きられるということなのです。
 

前が見えない時こそ心を守って 2020年7月13日 早天礼拝

ルカ1:1-25
説教者:坂本兵部牧師
ザカリヤ&エリサベツ夫妻が主の前に仕えた時代は、長い間聖霊の御業が起きず御言葉も降らない 「空白時代」の末期でした。その苦しさに加えて、彼ら夫婦には老年になっても子供がなく、 神様に仕えるこの人生から、何か価値ある出来事が起きるのだろうかという思いと、日々戦っていたはずです。それにも拘らず、彼らは神様の前に正しいとされる恵みを纏って、祭司としての務めに忠実でした。主はそのような彼らの人生を、メシヤ到来のために尊く用いて下さったのです。
 

葛藤を成長の糧にする人々 2020年7月12日 主日礼拝

使徒6:1-7
説教者:坂本兵部牧師
ギリシア語を話すグループの寡婦たちを、誰かが意図的に差別することはなかったでしょうが、彼女たちが日々の食糧配給において結果的に軽んじられたのは、急成長する初代教会の“成長痛”のような問題だったと言えるでしょう。その葛藤の中で、初代教会とその信徒たちは聖霊に導かれて、共同体としても個人としても、「手放すべきを手放し、担うべきを担う」決断に立ちます。その結果は素晴らしい祝福でした。これは、神の子が世で何かの葛藤を経験する時の、聖書的行動指針なのです。
 

私から復活の主を取ったら何も残らない 2020年7月11日 早天礼拝

マルコ16:9-20
説教者:坂本兵部牧師
マグダラのマリアや仲間たちから、主が復活なさったと聞いても、弟子たちの心は相変わらず自分の悲嘆の中に閉じ籠っていました。それは、復活の福音を聞いても、そのメッセージに影響されずに自分の問題で心一杯になっている私たちの姿と通じています。私たちが世に勝つ神の子としての本来のダイナミックな生き方をするには、主との親しい交わりの中で、 「私にとって福音は全てです!福音のゆえに満足です!」という告白を、回復させる必要があります。
 

恵みと義の賜物は私たちを先立ち導く 2020年7月10日 早天礼拝

マルコ16:1-8
説教者:坂本兵部牧師
イエス様のご遺体に油を塗りたい一心で墓に駆けつけた時、女性たちの心は 「でもあの巨大な石は誰が取り除けてくれるだろうか」という心配で一杯でした。私たちも人生の中で、自力で解決できない様々なことについて思い煩いますが、それは 「罪と死の支配」の影響力をまだ受けているということです。けれども、女性たちを墓で待っていたのは、 想像を絶する「恵みと義の賜物」、つまり、最も価値あるgood news のメッセンジャーとして、弱い彼女たちを敢えて立てて、尊く用いて下さるという事実でした。私たちも彼女たちと同じ陣営に所属して生きる時、世に勝っておられるお方が、責任を持ってその歩みを先導して下さるのです。
 

神の国を待ち望むがゆえの決断 2020年7月9日 早天礼拝

マルコ15:33-47
説教者:坂本兵部牧師
イエス様が十字架で息を引き取られた時、大きな衝撃が地を襲いました。その時、アリマタヤのヨセフがとった行動(総督ピラトにイエス様のご遺体を引き取らせてくれと頼むこと)は、社会的地位や名声を失うリスクの高いものでした。もっと早くからイエス様の弟子であることを言い表せなかったことに対して、忸怩たる思いを抱えながらのカミングアウトだったかも知れません。けれども、今この時点で 「神の国を待ち望む者」として、せめて踏み出せる一歩を、勇気を持って踏み出したことで、後に主の復活の栄光が顕れるために、彼は用いられたのです。
 

ヨハネは何故パトモスに行ったのか 2020年7月8日 水曜賛美祈祷会

黙示録1:9-20
説教者:坂本兵部牧師
使徒ヨハネはエペソ教会で伝道牧会中に、80歳以上の老体で逮捕されて、パトモスに流刑になり、砂を噛むような日々を送りました。仲間の使徒たちは皆殉教した後、エペソの兄弟姉妹たちとも連絡が途絶え、何故自分だけがこんなふうに生き残ったのか、自分たちの福音宣教は虚しく終わったのではないかという思いと、内面で戦わずにはいられなかったことでしょう。ところがある「主の日」に、彼は聖霊に満たされて、今まで知っていた以上に圧倒的な栄光と威厳に溢れるイエス様に出会います。私たちもまた、各自がこの時代に経験している「自分のパトモス」において、聖霊に満たされる時、彼が受けた重要な啓示を、メッセージとして託され、メッセンジャーとしての新しい歩みへと送り出されるのです。
 

十字架の主に近づけられる人生 2020年7月8日 早天礼拝

マルコ15:16-32
説教者:坂本兵部牧師
神様が神様の方法で、私たちのために救いの御業を成しておられるのが見えなくて、すぐに納得いく御業を見たがる傾向が、私たちにはあります。「十字架から降りてみろ。そうしたら信じてやる」とは、そんな罪深さから出た言葉でした。一方で、ゴルゴタに向かいながら力尽きて倒れてしまったイエス様を、偶々目前で見かけて、その十字架を暫く代わりに担ぐようにローマ兵から強制された 「キレネ人シモン」は、その数分間、恐れと当惑を覚えたことでしょうが、イエス様の激しい息遣いや血の臭いを味わいました。その特殊な経験は後日、彼を主の弟子にしたのです。私たちの生活の中に偶然のように起こる苦しい出来事の中に、実は、後者のような人生を生きるようにとの、幸いな召しがあります。
 

人の声を恐れる結果 2020年7月7日 早天礼拝

マルコ15:1-15
説教者:坂本兵部牧師
祭司長・律法学者たちが、ユダヤの律法の枠内でイエス様を処刑せず、敢えて総督ピラトにイエス様を引き渡したのは、ローマ帝国の名前でイエス様の存在を呪い、その影響力を完全に消すためでした。ユダヤの群衆は、「彼がメシヤなら無力にピラトに尋問されるわけがない」と煽動されて、僅か五日前に驢馬に乗って入城なさったイエス様に捧げた賛美を、掌返ししました。ピラトは、罪のないイエス様を殺すことに躊躇を覚えましたが、暴動を起こしかねない群衆の大声に堪えかねて、自分の保身のために、十字架刑のスイッチを押すのです。
 

世が私たちから最も奪いたがる告白 2020年7月6日 早天礼拝

マルコ14:66-72
説教者:坂本兵部牧師
イエス様が暴虐な裁きを受けておられた聖金曜日の未明に、一番弟子であるペテロも、罪のパワーに完全に籠絡され、惨めさを極みまで味わいました。その霊的攻撃の本質は、彼に与えられていた尊い信仰告白 (「イエスは生ける神の御子メシヤである」)を、彼の口から奪い去ることでした。私たちが世で経験する試練の本質も、そこにあるのです。
 
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