東京都新宿区のプロテスタントのキリスト教会

メッセージ・アーカイブ

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このページでは、これまでの礼拝説教を動画でご覧頂けます。
(早天礼拝は、日本基督教団「日毎の糧」に沿っています)

十字架、自由を回復してくれる恵み 2020年10月21日 早天礼拝

ルカ23:44-56a
説教者:坂本兵部牧師
御子イエス様が十字架で息を引き取られる時、神殿の分厚い幕が真っ二つに裂けました。それは、神様と私たちの間に存在する全ての呪いが裂かれ、私たちが神様の臨在の中に、生活の中で大胆に入れる道が開かれたことを意味します。アリマタヤのヨセフは、その恵みを体現した最初の人物でした。彼は社会的地位を失うことを覚悟して、イエス様のご遺体を引き取って丁重に葬ることをピラトに願い出ます。正しいことを正しいからという理由で、負担感でなく自発的にできるのが 「自由な心」です。
 

主イエスに与えた痛みを知って生きる 2020年10月20日 早天礼拝

ルカ23:13-25
説教者:坂本兵部牧師
無実であるイエス様を釈放しようと、ピラトは人々に三度も呼びかけましたが、既にユダヤの指導者たちに煽動されている群衆は、十字架刑を大声で要求します。その圧力に屈したピラトは、登場人物たちの中では比較的善良だったとも言えますが、神の御子を呪いの刑に処する張本人になる選択を、自らしたのです。同じように、私たちも人生の中で、イエス様に痛みを与える選択をし続けてきました。そのことを謙遜に認めて平伏す時こそ、主の模範に従う歩みが可能になります。
 

私たちが神の国に入るには 2020年10月18日 主日礼拝

使徒14章
説教者:坂本兵部牧師
ルステラで石打ちに遭って町から引き出されたパウロは、意識が戻るなり、起きて町に戻りました。「恐れ」ではなく、聖霊に導かれる人生を生きていたからです。つまり、自分の生きる目的を、自分に向かうイエス様の目的と、ひとつにしていたのです。彼は第一次宣教旅行を終える時、元来た道を戻りながら、「私たちが神の国に入るには、多くの苦しみを通過しなければならない」というメッセージを諸教会に語りました。苦しみとは、私たちが主イエスの福音の価値と力をより知るための必須の過程であり、祝福なのです。

 

恐れに導かれて生きるな 2020年10月17日 早天礼拝

ルカ23:1-12
説教者:坂本兵部牧師
ユダヤの指導者たちがイエス様を十字架にかけろと訴えるのが、嫉妬のゆえであることを、総督ピラトは理解していました。しかし民心が自分に背くことが怖く、責任を回避しようとして、イエス様を領主ヘロデのもとに送ります。この地域で最高の権力を手にしている者たちも、心の中は、世から来る 「恐れ」に支配されていたのです。私たちも、大切な決断をする時、 「恐れ」に導かれることを許すなら、その結果は、御心からどんどん遠ざかる悲惨なものとなります。
 

「わたしはいる」と言われる方 2020年10月16日 早天礼拝

ルカ22:63-71
説教者:坂本兵部牧師
イエス様は、徹夜での不当な裁判と虐待をお受けになりながら「お前はメシヤなのか、言ってみろ」という尋問を受けます。その通りだと答えたところで信じる気は毛頭ない人々に対して、「お前たちの口が言っている通り、『わたしはいる(l AM)』」と宣言なさいました。実は私たちも、試練の中で感謝が薄れている時は、口先ではメシヤの名を口にしながら、心からはその贖いを信じていない状態です。かつてモーセもエレミヤも、そのような危機を通過しながら、I AM と言われる方の栄光を知ったように、私たちもその道を歩むように導かれています。
 

闇の勢力に襲われる時こそ 2020年10月15日 早天礼拝

ルカ22:47-62
説教者:坂本兵部牧師
ユダに導かれてイエス様を逮捕しに来た者たちは、昼間それをすると民衆が蜂起するであろうことを恐れて、夜のうちに裁判をしてしまうことを目論んでいた、不当な、闇の勢力でした。しかし、それに剣を持って立ち向かうペテロに対して、イエス様は 「やらせておけ」と語られました。父との親しさの中に留まられるがゆえに、闇の勢力の懐に敢えて潜り込んでいかれる主の姿は、表面的には勇敢でも実際は恐れに取り憑かれていたペテロと、対照的です。
 

誰がその日に堪え得ようか 2020年10月15日 賛美祈祷会

黙示録6章
説教者:坂本兵部牧師
小羊が七つの封印をひとつずつ解くことで啓示されるのは、世の終わりに実現する審判の内容です。これらはとうに、私たちの周囲に実現し始めていることであり、かつ、それらが最後に辿り着くところだと言えます。イエス・キリストによって与えられる神の義を纏わぬままその日を迎えるのは、言葉に尽くせぬほど恐ろしいことです。私たちの生活の中で平安が失われる辛い出来事は、私たちがその日に破滅的な苦しみを味わわないようにさせるための、実は神様の配慮であり、福音をより謙遜に受け取らせるための招きなのです。
 

ゲッセマネの祈りが私たちを守る 2020年10月14日 早天礼拝

ルカ22:35-46
説教者:坂本兵部牧師
最後の晩餐は、かなり情けない姿で終わってしまいました。弟子たちはイエス様の願いとは程遠い状態にありましたが、そんな彼らの的外れ=罪をひっかぶり、ご自身の飲むべき杯を飲みほしながら、父の御心が成ることを求める決断をなさったのが「ゲッセマネの祈り」でした。それによって事実上、戦いの決着はつき、弟子たちはその後、御心の中に留まることができたのです。そして私たちも、期待通りに考え行動してくれない人々の只中で、それぞれの 「ゲッセマネの祈り」を完成するように召されています。
 

躓きの渦を断つイエス様の祈り 2020年10月14日 早天礼拝

ルカ22:24-34
説教者:坂本兵部牧師
大切な過越の食事をイエス様と共にしている弟子たちは、未熟で不安定極まりなく、「サタンにふるいにかけられる」状態でしたが、イエス様はそんな彼らに、決して躓きません。寧ろ、彼らのことを 「私が種々の試みに遭った時に共に踏み留まり、それゆえに私と共に御国の栄光を相続する者たち」とご覧になっています。そして、数時間後に激しく躓くシモン・ペテロの未来のために、「あなたは立ち直った日には兄弟たちを回復させる者になりなさい」と語られます。
 

イエス様の感謝に倣う 2020年10月14日 早天礼拝

ルカ22:17-23
説教者:坂本兵部牧師
最後の晩餐の席上で、イエス様は 「この過越の食事を君たちと共にすることを、私は遙か昔から切に願っていた」と言われました。つまり、人類に神の国を与えようとする神の御子の熱心で、大切な聖餐式を制定して下さっているのですが、それを取り囲む弟子たちの姿は極めて未熟で弱く、罪深いものでした。その真只中でイエス様は、「感謝の祈り」をなさっています。それは、揺り動かされるべきものが徹底的に揺り動かさる不安定な現実の只中に、ご自分の十字架を通して、揺らがない神の御国が成就するがゆえの感謝でした。
 
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