東京都新宿区のプロテスタントのキリスト教会

メッセージ・アーカイブ

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このページでは、これまでの礼拝説教を動画でご覧頂けます。
(早天礼拝は、日本基督教団「日毎の糧」に沿っています)

「多くの罪を赦された者」として生きる 2020年8月11日 早天礼拝

ルカ7:36-50
説教者:坂本兵部牧師
ファリサイ人シモンは、イエス様のことを預言者かも知れないと思って夕食に招きました。ところがそこに招かれざる女性客が突然入ってきて、イエス様に対してなりふり構わぬ感謝と愛の表現をしたのです。 「この女は罪深い女なのに、預言者ならそれがわかるはずなのに」と内心で呟いたシモンたちの姿は、神の御子が私の罪を贖うために御業を成して下さったのに、相応しい感謝もせずに他人を論評している、私たちの 「最大の罪=傲慢」を象徴しています。そこには、砕かれた壺から流れ出る香油の香りはありません。
 

「自分に向かう神の御心 」に堅く立つ 2020年8月10日 早天礼拝

ルカ7:18-35
説教者:坂本兵部牧師
洗礼者ヨハネは獄中で、イエス様のミニストリーに対して疑念を抱き、躓いたその心を間接的にイエス様にぶつけました。 「あなた、本当にメシヤですか?」というその言葉遣いには、できることならイエス様の働きの方向性を変えてやろうという底意があります。私たちは何かに対して躓く時、躓きを与えたその者が問題だと思い込んでいますが、事実は、自分でその躓きを選んでいるのです。そして「自分に対する神の御心」から、どんどん押し流されているのです。イエス様は、そのような世の試みに打ち勝つ模範を、自ら私たちに示しつつ、「知恵(主を畏れること)の正しさは、それに従う者によって証しされる」と語られました。
 

サウロを変えた愛 2020年8月9日 主日礼拝

使徒9:1-19
説教者:坂本兵部牧師
サウロはダマスコへの途上で主の光に打ちのめされ、「何故私を迫害するのか」という御声を聞いた時、盲目状態になりました。そんな彼に、アナニアという弟子の愛と信仰を通して、共同体の交わりに受容される過程を、神様は敢えて踏ませました。私たちに対して神様が持っておられる御心は、私たちをキリストの似姿に変えることです。私たちもその過程で、サウロのように、目前が真っ暗になって「的外れな義」が取り去られる過程や、そんな自分が神の家族の交わりに受容される過程を、謙遜に通過させられるのです。
 

神様は私たちを顧みて下さっている! 2020年8月8日 早天礼拝

ルカ7:11-17
説教者:坂本兵部牧師
ナインの町から出てくる葬列は、 「罪と死の権勢」(ローマ8:2)に打ちのめされている私たちの内面の、底知れない悲しみの象徴です。イエス様は、その行進に敢然と立ちはだかり、一人の寡婦を涙を止めました。ご自身が 「生命をもたらす聖霊の権勢」(ローマ8:2)の頭であられることを、満天下に宣言なさいつつ、私たち一人ひとりがその“顧み”を受けるに値する存在だと、今日も語って下さっているのです。
 

どんな信仰を言い表すか 2020年8月7日 早天礼拝

ルカ7:1-10
説教者:坂本兵部牧師
カファルナウムに駐屯していたローマ軍の百人隊長は、ユダヤ人を愛し、その信仰生活を私費で助け、聖書の神を共に礼拝する人物でした。そんな彼の家のしもべが病気で死にかかった時、彼の心の中には、 「あのイエス様が触れて下されば必ず癒される」という思いと、 「自分はあの方を家に迎える資格のない者だ」という思いの二つが、交錯していました。そんな彼を日頃から敬愛するユダヤ人の長老たちの執り成しで、イエス様が彼の家の近くまで来られた時に、彼が慌てて友人たちを遣わして伝えた言葉は、イエス様を神の御子メシヤであると、謙遜かつ鮮明に告白するものでした。その力強い信仰告白は、彼の人生に天の父が精密に介入して創りあげていた宝だったのです。
 

挫折・行き詰まりが生じる理由 2020年8月6日 早天礼拝

ルカ6:39-49
説教者:坂本兵部牧師

自分の目の中に巣食っている巨大な 「丸太(梁) 」には無頓着なまま、隣人の目の中の「おが屑 」に対して腹を立てるということは、信仰者の日常生活の中にも頻繁に起きています。そんな私たちが、人生の中で 「良い実を結ぶ」ためには、自分の言動を反省して努力を繰り返すするだけでは駄目です。根底において、自分を圧倒する 「師(イエス・キリスト)」に繋げられて、新しく創りかえられる御業が私たちには必要であり、諸々の挫折や行き詰まりは、私たちをその祝福へ導く神様からの招きなのです。
 

黙示録⑥ イゼベルの 「幸福教」に負けるな 2020年8月6日 賛美祈祷会

黙示録2:18-29
説教者:坂本兵部牧師
ティアティラ教会は、愛の行いに関して主イエスから称賛を受けた教会です。しかし叱責を受けたのは、イゼベルという女の影響力を受け容れてしまっていた点でした。厳しい生活の中で、神の国とその義よりも、自分の必要を優先させてしまう誘惑が、イゼベルの教えでした。そのスピリットは、今日の私たちの教会にも、「幸福教」とでも呼ぶべき形態で入り込み、聖徒たちの霊的健康や祝福を損なっているケースがあります。
 

愛し難い敵が存在する理由 2020年8月5日 早天礼拝

ルカ6:27-38
説教者:坂本兵部牧師
主イエスを信じて歩む時、嫌な「敵」の存在に、必ずぶつかります。不当に批判され、攻撃される時、私たちの内面は傷つき、激しく罵り返したり、永く後遺症に苦しんだり、そこに蓋をして生きたりしがちです。しかし主は、私たちがその渦中でとる反応(態度)にこそ、関心を持っておられます。その「敵」との出会いを、父の聖さに与るための鍛錬として受け止める者に、主は十字架の意味をより豊かに教えつつ、「大きな報い」を与えることを、願って下さっているのです。
 

私の貧しさ、私の飢え、私の涙にこそ価値がある 2020年8月4日 早天礼拝

ルカ6:12-26
説教者:坂本兵部牧師
世がイエス様を何とかして排除しようと画策している時、イエス様は天の父と徹夜で祈り、暗闇の勢力を凌駕する 「聖なる謀略」を開始なさいます。すなわち、「無に等しい者たち」(第一コリント1:28)をご自分の弟子たちとして選び立てる、ということをなさいました。問題を抱えて苦しむ民衆に、回復の恵みを流し伝える時、弱い彼らを通してそれを成すことこそが、主の深奥なる御心なのです。 「あなたがた貧しい者、飢えている者こそが幸いなのだ」とは、弱い私たちをその栄光へと招く御言葉です。
 

毎日、いつも、心の中に安息日を 2020年8月3日 早天礼拝

ルカ6:1-11
説教者:坂本兵部牧師
イエス様とその弟子たちの振る舞いは、安息日規定を命懸けで遵守していたユダヤ教の人々の目には、とんでもない不敬虔に映りました。しかしイエス様は、安息日規定に天の父が本来込めておられた御心を回復し、そこへと私たちを招いておられるのです。 「〜さえ解決すれば」という思いで心一杯になっている私たちは、出エジプト以前の奴隷の民と同じ状態です。そんな私たちに、主を喜び楽しむ自由を与えてくれたのが福音です。私たちは主日だけでなく毎日、どんなストレスフルな状況でも、「安息日の主」であられるイエス様の臨在に留まる時、世に勝つ歩みができます。
 
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