東京都新宿区のプロテスタントのキリスト教会

メッセージ・アーカイブ

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このページでは、これまでの礼拝説教を動画でご覧頂けます。
(早天礼拝は、日本基督教団「日毎の糧」に沿っています)

私たちが砕かれ、弱くされる理由 2021年1月13日 早天礼拝

アモス2:6-16
説教者:坂本兵部牧師
預言者アモスの時代、北イスラエルは隆盛を誇っていましたが、人権蹂躙や性的逸脱や礼拝の形骸化などは、茶番事でした。そのような状態の民に対して、 「あなたたちは自分がどんな恵みを得て今日あるかを忘れたまま、神様に叛逆している」と、アモスは語りました。主の恵みなしで生きられないことを悟り、謙遜に立ち返るために、“轍が足元の地を裂く”ような恐ろしい出来事を、神様は私たちの人生にも許されるのです。
 

和解の務めを果たす前提 2021年1月13日 早天礼拝

アモス2:1-5
説教者:坂本兵部牧師
南ユダの羊飼いアモスは、敵対関係にある北イスラエルの人々の心に、神様からのメッセージを届けようとしています。そのメッセージが核心に至る直前に、彼は自分の所属である南ユダの罪と、そこに臨む神様の審きを語ります。“隔ての壁”を乗り越えて“和解”を実現させる務めを果たす際に、自分自身が世の偽りに捉えられて、滅びて当然のものであった、それなのに神様の側に立たされているという、畏れと感謝が、その前提になるのです。
 

一介の羊飼いが“壁”を超えて主の心を伝えた 2021年1月11日 早天礼拝

アモス1:1-5
説教者:坂本兵部牧師
南北イスラエルの対立が深刻だった時代に、エルサレムの南方の荒野で一介の羊飼いだったアモスが、預言者としての召命を受けました。ヤロブアム王の罪に閉じ込められている北王国は、アモスにとっては敵国でしたが、彼はその“壁”を単身で乗り越えて、その民の心に届く言葉で、主の御言葉を伝えたのです。それは今日で言えば、神学校を出ていない一般信徒が、政治的立場の全く異なる人々に、主の御言葉を届けるような出来事でした。
 

残忍な狼どもが来るのを知っているから 2021年1月10日 主日礼拝

使徒20章
説教者:坂本兵部牧師
第三次伝道旅行の終わりに、エペソ教会のリーダーたちと再会したパウロは、これが彼らとの今生の別れだと知りつつ、重要なメッセージを伝えます。自分が聖霊の恵みに捕らえられて生きてきて、その導きの中で彼らと出会い、激しい戦いの中でも謙遜の限りを尽くして、涙をもって彼らを愛したのだということ。そして、今後彼らに「残忍な狼ども」が襲い来て、共同体を試練に遭わせることは確実なので、その心備えをしていなさい、ということでした。私たちは愛する誰かに、最期のメッセージとして何を遺すつもりで生きているでしょうか?
 

主の御言葉に戦慄する心 2021年1月10日 早天礼拝

イザヤ66:1-2
説教者:坂本兵部牧師
イザヤの時代の民のように、私たちも 「〇〇を成就して幸福になり、平安を得たい」と願い、祈っていることが多いかも知れません。しかし神様は、そんな私たちに「何処が私の安息の場となるか」と問われます。貧しく砕かれた心で、“主の御言葉に慄く人々”の上にこそ、聖なる方は宿られます。昔も今も、その心が失われる時に、私たちは御国の祝福を奪われ、その心を保つ人々こそが、闇の力が荒れ狂う中、主の義を証しするのです。
 

主を尋ね求めなかったアコルの谷に 2021年1月8日 早天礼拝

イザヤ65:1-16
説教者:坂本兵部牧師
私たちは、まるで神様の御業が遅く、何か不足であるかのように思って不平を言いがちですが、神様の側は、 「私は私を尋ね求めない者たちに対して、真実を尽くし続けてきた」と言われます。その恵みを謙遜に受け取るならば、私たちの荒廃した人生の諸領域は、必ず復興される、というのが約束です。私たちの諸々の痛みは、私たちをその恵みに導く 「真理の神」(16節)からの、招きなのです。

 

「しかし、主よ」と祈る信仰 2021年1月7日 早天礼拝

イザヤ64:5-11
説教者:坂本兵部牧師
「しかし、主ヤハウェよ」と預言者イザヤが祈る時、彼の肉眼は、世の罪の力に押し流されて、手のつけようもないほど混乱している現実を見ています。具体的には、これからバビロン捕囚の苦しみを70年も舐めなければならないユダの民の悲惨を直視しています。その上で、「しかし我らは、陶器師なる主の御手の中にあって、諦められていない粘土です」と告白しつつ、主が成しておられる御業を、信頼して祈っているのです。私たちもこの時代に、それぞれが置かれた現場で、そのような信仰の祈りを継承する時、救いと回復の恵みに与れます。
 

贖い主の旗を掲げよう 2021年1月6日 早天礼拝

イザヤ63:15-64:4
説教者:坂本兵部牧師
神様の統治を受けていないかのような荒廃した現実の真只中で、イザヤは「永遠の昔から我らの贖い主はおられる」と歌いました。その約700年後、使徒パウロが十字架の主イエスを指し示しつつ、「目が見もせず、耳が聞きもせず、人の心に思い浮かびもしなかったことを、神はご自分を愛する者たちに準備された」(第一コリント2:9)と宣言したのは、この時のイザヤの告白に依拠しています。どの時代も、世に抵抗してその信仰の旗印を掲げる少数の者たちを通して、驚くべき主の統治は実現してきたのです。
 

主の御名の栄光が顕れる人生 2021年1月5日 早天礼拝

イザヤ63:7-14
説教者:坂本兵部牧師
イスラエルの苦難を共に負い、時にその罪を叱責なさりつつ、救いの御業を成さる神様を黙想して、イザヤは告白しました。 「このようにあなたはご自分の民を導き、輝く名声を得られた」(14節)。罪も失敗も多い私たちを通して、主がご自身の栄光を顕されるということこそが、私たちの人生の価値なのです。自分が願いを成就して幸福になるためでなく、この方の栄光にひれ伏すために、私たちは主の御名を唱えるのです。
 

火のような試練を驚き怪しむな 2021年1月3日 主日礼拝

使徒19:21-20:1
説教者:坂本兵部牧師
主イエス・キリストを深く知るほど、人は真理によって解放され、自由になります。そのような弟子たちがエペソに大勢増えて、素晴らしいリバイバルが起きた時、パウロは次の使命のために旅立つことを決心し、エペソ教会も彼を送る備えをします。すると、エペソの地をかつて掌握していた暗黒勢力が、クリスチャンたちを逆襲し、大騒動を起こします。聖霊の導きを受ける神の子たちは、時にそのような危機に晒されますが、それは、敵がそれだけ激しくダメージを受けているということなのです。愛と信仰に堅く立つ彼らは、主の御手によって必ず守られ、勝利します。
 
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