東京都新宿区のプロテスタントのキリスト教会

メッセージ・アーカイブ

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このページでは、これまでの礼拝説教を動画でご覧頂けます。
(早天礼拝は、日本基督教団「日毎の糧」に沿っています)

さあダビデがしたように 2020年10月11日 主日礼拝

使徒13:13ー52
説教者:坂本兵部牧師
ピシディア州アンティオケに辿り着いたパウロとバルナバは、ユダヤ人の会衆に向けて語りかける時、イスラエルの歴史、とりわけダビデに注がれた祝福を接点にして、福音を説きます。傷だらけの牧童を、偉大な御国の王にしてメッセンジャ―として立てた神様の恵みが、イエス・キリストの復活を信じる全ての者にそのまま及ぶというメッセージは、今日も全てのクリスチャンが纏っている恵みであり、そのパワーの中で私たち一人ひとりをメッセンジャーとして成長させるのが、神様の御心なのです。
 

過越の奥義を信頼する 2020年10月11日 早天礼拝

ルカ22:1-13
説教者:坂本兵部牧師
昔も今も、神の国の祝福を憎み、破壊しようとする勢力は、神の子たちの歩みを虎視眈々狙っています。そして、心の定まらない者、苦々しくなっている者などを捉えて“内通者”に仕立て上げ、自分の目的を果たそうとします。イエス様を売ろうとしていたユダの 「機会を伺う」姿勢と、そのような敵の攻勢を百も承知で、未熟な弟子たちと共に過越の食事をしようとしているイエス様の姿勢は、あまりに対照的です。後者の道は、敵の策略を打破する主の奥義を「信頼する」道です。
 

困窮する者は何故幸いなのか 2020年10月9日 早天礼拝

ルカ20:41-21:4
説教者:坂本兵部牧師
メシヤはダビデの子だと言われており、実際その通りなのですが、ダビデはその苦難多き人生の中で、世の初めからおられる贖い主(メシヤ)を、聖霊によってしっかりと仰いでいました。私たちは、人目を気にしてパフォーマンスの如き信仰生活をしている時は、ダビデが見たその贖い主を、見ることができていません。しかしレプタ銅貨二つを献金した寡婦の如き姿勢で、貧しい心で主を仰ぐ時は、贖い主の顧みを、豊かに受けることができているのです。

 

復活を信じる者をサタンは倒せない 2020年10月9日 早天礼拝

ルカ20:27-40
説教者:坂本兵部牧師
サドカイ派の人々はイエス様に対して 「死者の復活などあるわけがない」と論戦を挑みます。しかし、それは聖書と神様の力に対する無知に他なりませんでした。生ける神様と共に歩んだ人は、地上で死んだ後も、復活して神様との美しい関係の中を生きるのは当然であり、旧約時代の信仰者たちも、イエスご自身も、それを前提として歩まれました。復活信仰こそは、世がもたらす全ての恐れや悩みに対して、私たちが勝利する根拠なのです。

 

小羊に捧げる“新しい歌” 2020年10月8日 水曜賛美祈祷会

黙示録5:1-14
説教者:坂本兵部牧師
苦しみの中にある聖徒たちに対して啓示される“天上の礼拝の光景”には、天の父の聖なる秘密と人間の現実の間の絶望的隔絶の間に立つ“勝利した小羊”がおられます。人がこの方を信仰の目でしっかりと見る時に、心から出る応答を“新しい歌”と呼び、それを歌っている時に私たちは天国と繋がっています。私たちは世で他人に勝ったりサバイバルするために生きているのではなく、それを高らかに歌うために存在しているのです。
 

世から捨てられると感じるなら幸いだ 2020年10月7日 早天礼拝

ルカ20:9-26
説教者:坂本兵部牧師
「ぶどう園と農夫」の喩えは、天の父から最後通牒として送られる御子を惨殺しようとする、世の罪深さを語っています。民衆はそれを聞いて、そんなことがあってはならない、と反応しましたが、イエス様は詩篇118篇を引用なさりつつ、ご自分が「世からは捨てられる石」であり、しかしだからこそ、御国の「隅の親石」となられると語られました。私たちも、世から非難されたり誤解されて不当に扱われたりして、不要物扱いされることがあるかも知れませんが、それは“砕かれた心”で 「隅の親石」に繋げられる幸いな契機となるのです。
 

神の子は自分の権威の出どころを知っている 2020年10月7日 早天礼拝

ルカ20:1-8
説教者:坂本兵部牧師
「何の権威でそんなことをするのか」と詰問する宗教家たちは、神の御子であられるイエス様の権威に服することができていない、憐れな霊的状態にありました。「では洗礼者ヨハネの権威はどこから来ていたか?」と、イエス様は反問なさりつつ、父の愛の中に安らいでおられました。私たちも世で歩む時、神の子としての大胆さを、私たちから奪おうとする力を、きっと経験していることでしょう。その時こそ、イエス様に繋げられた神の子として、私たちは萎縮せず、激昂もせず、自分の権威の源を信頼して歩めるのです。
 

主イエスの涙を知る道 2020年10月7日 早天礼拝

ルカ19:41-48
説教者:坂本兵部牧師
主イエスはエルサレムをご覧になって「泣いた」と言われています。その涙を目撃しながら、弟子たちは、当時はその意味を全く理解できませんでした。イエス様は神殿の境内でも、全身全霊でメッセージを発信なさいますが、その愛は届きません。しかし、そのことで挫折なさることはなく、十字架と復活と聖霊降臨によって、ご自身の愛が届き始める日を仰いでおられました。私たちも、自分の愛が誰かに届かないと感じて苦しむ時があるとしたら、それはこの方の弟子らしく歩めという、召しなのです。
 

真実な平和に与る 2020年10月4日 主日礼拝

コロサイ3:12-15
説教者:菊地信行神学生

メシヤは子驢馬に乗って進まれる 2020年10月3日 早天礼拝

ルカ19:28-40
説教者:坂本兵部牧師
十字架に架かられる前の最後の日曜日に、エルサレムに入城なさる時、イエス様は“子驢馬”に乗って、ご自分を誤解している人々の前を、敢えて行進なさいました。世の権力者とは違う、神様のやり方で王国を完成なさるメシヤとして、人々の考えを遥かに超越するお考えによって、そうなさったのです。私たちは取るに足らない“子驢馬”の如き存在ですが、それでも人生の途上でこの方に捕らえられて、この方をお乗せして運ぶ歩みを、既にしています。弱い者を通して御国を成すのが、この方の流儀だからです。
 
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