東京都新宿区のプロテスタントのキリスト教会

メッセージ・アーカイブ

  • HOME »
  • メッセージ・アーカイブ

このページでは、これまでの礼拝説教を動画でご覧頂けます。
(早天礼拝は、日本基督教団「日毎の糧」に沿っています)

罪の支配を拒む唯一の道 2021年11月6日 早天礼拝

ローマ6:15-23
説教者:坂本兵部牧師
「罪はあなた方を支配することはできない」とは、出エジプトの如き救いを受けた私たちに向かう神様の宣言です。しかし実際には、荒野を歩む民が神様を信頼できずに、しばしば“エジプト・スピリット”の虜に戻ったように、私たちも恐れや思い煩いの奴隷に戻りがちです。日ごとに十字架を信仰で仰ぎ、喜んで主の“奴隷”となる生き方だけが、その呪縛を打破させてくれます。
 

十字架、私も共に死んだ 2021年11月5日 早天礼拝

ローマ6:1-14
説教者:坂本兵部牧師
主イエスが私たちに豊かに与えようとしている“生命”を、享受することを妨げている全てのものを、“呪い”と言います。十字架とは、それを打ち砕いた神様の御業であり、それを無視し、敵対して歩むことが“罪”です。その支配下にいた私が、 「キリストと共に死んだ」と告白するところにこそ 「新しい生命」の実を結ぶ歩みが実現します。
 

その傷に対し、生命にあって支配する 2021年11月4日 早天礼拝

ローマ5:12-25
説教者:坂本兵部牧師
私たちもアダムと共に罪を犯したとは、アダムが世に引き込んだ 「罪と死の権勢」に、私たちも打ちのめされて奴隷状態になったということです。しかし、イエス・キリストの死と復活を通して、 「恵みと義の賜物」が世に引き込まれました。それを信仰によって纏う時、私たちはトラウマの被害者から、勝利者に変えられるのです。
 

神様との平和を楽しむのが私たちの本分です 2021年11月3日 早天礼拝

ローマ5:1-12
説教者:坂本兵部牧師
私たちが神との平和を十分に楽しめていないとしたら、それは自分がどれほど罪深い(的外れな)存在だったか、そんな自分がどんな恵みを纏って、今どんな栄光の中に入れられているかを、見失っているからです。自分の願い通りに展開しない全ての出来事は、キリストの死を通して注がれている神の愛を、真っ直ぐに受け止めているかどうかを試す試金石なのです。
 

私たちの本分は、義とされた恵みを証しすること 2021年11月3日 早天礼拝

ローマ4:1-25
説教者:坂本兵部牧師
アブラハムは、星空を仰いで神様の約束を信じた後も、実際にはたくさん不信仰な言動をとりましたが、そんな彼の人生がトータルで 「義とされている」。ダビデが纏った祝福の本質も同じで、彼は、王となったために祝福されているわけではありません。イエスの復活を信じる者は、たとえまだ何かを成就できていないとしても、自らが纏ったその恵みを日々喜び証しすることで、世に勝つのです。
 

我が渇望、我が洗濯 2021年10月31日 宗教改革記念日礼拝

創世記25章
説教者:坂本兵部牧師
結婚後20年目にしてようやく子を孕んだ時、リベカが命の危険を感じて、必死に祈って受けた啓示は、人の理解を超えるものでした。生まれてきた双子のうち下の息子は、劣等感の塊として人生を歩み始めますが、彼こそが、神様のそのような不思議な御心の担い手と定められていました。私たちの傷多き人生もまた、痛みの中で、そのような不思議な恵みを纏うよう、選ばれて、定められているのです。
 

グラウンド・ゼロで歌おう 2021年10月30日 早天礼拝

ローマ3:21-31
説教者:坂本兵部牧師
かつて自分が真摯に追求していたけれど、何かによって妨げられて実現しなかった憧れ。 「神の義」とは、恐らく、その中に込められていた栄光であり、価値なのです。それを自分の流儀で必死に追求して、得られなかったという痛みの中でこそ、私たちは初めて 「贖い主」への信仰を告白できるのです。
 

あなたたちのせいで、神の名は汚されている 2021年10月28日 早天礼拝

ローマ2:17-29
説教者:坂本兵部牧師
神の子たちを通して、神に関して寧ろ歪んだメッセージが世に発せられ、祝福が寧ろブロックされているという、心痛い現実があります。クリスチャンは世の人々の救いのために祈りますが、それは彼らが、自分たちが到底持ち得ないキリストの復活の御力を、私たちとの関係の中で見出してくれる、ということを通して起こるのです。
 

神の憐れみがあなたを悔い改めに導くことも知らないで 2021年10月27日 早天礼拝

ローマ2:1-16
説教者:坂本兵部牧師
「人を裁く罪」は、一般に考えられている以上に重大です。無意識裡に他者を判断している時、私たちは 「神の豊かな慈愛と寛容と忍耐を軽んじている」のだとパウロは言います。頑なで罪深い何かと出会っていると感じる時、実は神様の憐れみは、我が内の高慢を取り扱い、 「私を」悔い改めに導いておられるのです。
 

主の新婦よ、立って出ておいで 2021年10月24日 主日礼拝

創世記24:10-67
説教者:坂本兵部牧師
恐らくリベカは、自分の親戚であるアブラハムの一族が、遠い国で真の神様に祝福されて暮らしているという話を幼時から聞いて、憧れや希望を抱いていたのでしょう。アブラハムのしもべの突然の訪問を、神様からの召しと受け止めた彼女が、天の恵みを纏っていたように、私たちも神様からの愛のプロポーズに、毎瞬美しく応答できるのです。
 
« 1 2 3 4 73 »

年別アーカイブ

  • facebook
PAGETOP
Copyright © 葦のかご教会 All Rights Reserved.
Powered by WordPress & BizVektor Theme by Vektor,Inc. technology.