東京都新宿区のプロテスタントのキリスト教会

メッセージ・アーカイブ

  • HOME »
  • メッセージ・アーカイブ

このページでは、これまでの礼拝説教を動画でご覧頂けます。
(早天礼拝は、日本基督教団「日毎の糧」に沿っています)

捕囚の民が共有する希望 2021年7月3日 早天礼拝

エゼキエル36:33-38
説教者:坂本兵部牧師
良き牧者なる神様は、ご自身の民を導こうとしておられる“ゴール”について、しばしば語ります。自分の罪深さや弱さを日々思い知り、その人格を取り扱われている捕囚の民が、その“ゴール”を希望として共有することを、神様は切に願われるのです。
 

“石の心”が除かれる理由 2021年7月2日 早天礼拝

エゼキエル36:16-32
説教者:坂本兵部牧師
捕囚状態にある民の回復を約束なさりながら、神様は、「それはお前たちのためではなく、私の聖なる名前を惜しんでのことだ」と言われます。聴いて嬉しい言葉ではありませんが、確かに、私たちの歩みは神様の聖さをあらわすことに失敗しています。それを認めてひれ伏す時、私たちの中の“石の心”は除去されるのです。

 

鍛錬(懲戒)を軽んじない者は、希望を持てる 2021年7月1日 早天礼拝

エゼキエル36:1-15
説教者:坂本兵部牧師
エルサレム陥落後、エドムなどにも蹂躙されつつあった 「イスラエルの山々」が、やがて必ず、神の民の所有として回復すると、エゼキエルは預言しました。神様は愛する子らに、ご自分の聖さに与らせる目的で、「鍛錬(懲戒)」を与えます。経験している苦難を、そのようなものと解釈して謙遜に受け止める者は、回復の道程のゴールを、希望として握ることができるのです。
 

真の牧者のケアと裁きを受けて歩む 2021年6月30日 早天礼拝

エゼキエル34:17-31
説教者:坂本兵部牧師
神様は、ダビデの子孫を真の牧者として立てることで、民の祝福を回復する、と語られます。牧者の重要な機能のひとつは、「裁く」ことです。私たちは、与えられた各自の立場で、真の牧者の御前に謙遜に歩んでいるかどうか、日々 「裁き」を受けつつ、真の牧者の恵み深いケアを纏い、備えられた祝福に向かって導かれるのです。
 

主が私たちの牧者なので 2021年6月29日 早天礼拝

エゼキエル34:11-16
説教者:坂本兵部牧師
“牧者”として召された者たちが、その機能を果たせなくなっている現実を、神様はご覧になって、「わたし自らが牧者としての本領を発揮する」と語られました。真の牧者は、羊たちが逸脱行為に走る時、それを当然と思って自らの本領を発揮します。私たちは、そのような大牧者のケアを受けながら、置かれた持ち場で牧者らしさを試され、共に成長するのです。
 

「牧者」として生きているか 2021年6月28日 早天礼拝

エゼキエル34:1-10
説教者:坂本兵部牧師
「わたしはイスラエルの家の“牧者”たちに立ち向かう」と、主はエゼキエルを通して語られました。今日も全ての聖徒は(牧師に限らず)、“牧者”であられる神様の愛の影響力を周囲に及ばして生きるように召されています。私たちが、愛の美名のもとに、それとは正反対の生き方をする時、神様はその責任を問われるのです。
 

誰も奪えぬ宝を宿している 2021年6月27日 主日

創世記12:5-20
説教者:坂本兵部牧師
約束の地で飢饉に出会ったアブラムが、生存のためにエジプトに逃避したのは、信仰に基づいた決断ではありませんでした。結果としてアブラムは、惨めな嘘をついた挙句、妻を奪われそうになりますが、神様の介入によって守られます。神様は今日も、ご自身の祝福を与えると約束なさった者が、たとえどんなに弱くても、守り抜きます。
 

彼らが自分たちの中に“神の子”がいたと知るように 2021年6月26日 早天礼拝

エゼキエル33:21-33
説教者:坂本兵部牧師
最後の捕囚の民が到着する前夜に、エゼキエルは聖霊に導かれて預言します。聴衆の中には、肉的な動機しかない者たちもいましたが、その反応に一喜一憂せぬよう、主は前もって彼に語っておられました。昔も今も、主がご自身の弟子たちにお求めになるのは、目に見える“結果”ではなく、世に対して 「神の人が自分たちの只中にいた」ことを示すことなのです。
 

十字架という 「基準」を指し示す 2021年6月25日 早天礼拝

エゼキエル33:10-20
説教者:坂本兵部牧師
エゼキエルは、罪責感に打ちのめされている者には希望を、自分の義の上にふんぞり返る者には裁きを語りました。十字架に敵対する“肉”の働きに対する厳しい裁きと、十字架にひれ伏す者に対する無限の憐れみとは、神様の心の中で表裏一体であり、そのような御心を正確に捉えて伝達するのが、 「見張り人」の使命なのです。
 

あなたを“見張り人”として立てた 2021年6月24日 早天礼拝

エゼキエル33:1-9
説教者:坂本兵部牧師
神様はエゼキエルに、イスラエルの回復の預言をさせるに先立ち、 「お前を神の家の“見張り”として立てる」と言われました。今日、救いの恵みを纏う全ての聖徒は、家庭をはじめ諸々の使命の場で、霊的な“見張り”として立てられています。“見張り”が機能している共同体こそ、御心の中に守られ、祝福されるのです。
 
« 1 2 3 4 61 »

年別アーカイブ

  • facebook
PAGETOP
Copyright © 葦のかご教会 All Rights Reserved.
Powered by WordPress & BizVektor Theme by Vektor,Inc. technology.