2021年3月27日 より深い礼拝、それが神の子への召し
サムエル下24:15-25 ダビデは神様に指定された「アラウナの麦打ち場」で、自ら代価を払って深い礼拝を捧げながら、イエス・キリストの心に似せられていました。問題や痛みがあっても、主に召された場所でより深い礼拝を捧げることが、私たちに向かう御心なのです。その礼拝こそが、共同体の癒しと、次世代にも繋がる祝福をもたらすのです。
ダビデは神様に指定された「アラウナの麦打ち場」で、自ら代価を払って深い礼拝を捧げながら、イエス・キリストの心に似せられていました。問題や痛みがあっても、主に召された場所でより深い礼拝を捧げることが、私たちに向かう御心なのです。その礼拝こそが、共同体の癒しと、次世代にも繋がる祝福をもたらすのです。



