2020年6月25日 メシヤの国は 「貧しき者」の国である
マルコ12:35-44 ダビデが祈りの中で 「贖い主(メシヤ)」の存在を啓示されたのは、彼の人生の順境の時ではなく、心砕かれる辛い逆境の只中でした。成功して多くの人々からの良い評価を得ようとする信仰生活では、メシヤを見ることはできません。寧ろ、全てを失って断崖絶壁に立つ貧しい心情で、密かに“レプタ銅貨二つ”を捧げた寡婦こそが、ご自分の御国の祝福を纏うのだと、イエス様は語られました。
ダビデが祈りの中で 「贖い主(メシヤ)」の存在を啓示されたのは、彼の人生の順境の時ではなく、心砕かれる辛い逆境の只中でした。成功して多くの人々からの良い評価を得ようとする信仰生活では、メシヤを見ることはできません。寧ろ、全てを失って断崖絶壁に立つ貧しい心情で、密かに“レプタ銅貨二つ”を捧げた寡婦こそが、ご自分の御国の祝福を纏うのだと、イエス様は語られました。



