2020年12月24日 メシヤは 「とりなす者たち」を求めておられる
イザヤ59:15b-21 罪によって汚染され、混乱を極めている世に、 主が「贖う者として来られる 」。この素晴らしいクリスマスの恵みを受けている私たちをご覧になって 、神様は「とりなす者がいないのに驚かれる(怪訝に思われる)」と言われます。“とりなし”とは、聖なる神様と罪深い民の間に入って、両者の関係を繋ぎ止めて破綻から守り、かつ、弱き民を代表して、神様からの約束を敢えて主張することです。私たちが、自分の問題をひたすら祈るところから、そのような“とりなし”へと進み出ることを、クリスマスの主は待っておられるのです。
罪によって汚染され、混乱を極めている世に、 主が「贖う者として来られる 」。この素晴らしいクリスマスの恵みを受けている私たちをご覧になって 、神様は「とりなす者がいないのに驚かれる(怪訝に思われる)」と言われます。“とりなし”とは、聖なる神様と罪深い民の間に入って、両者の関係を繋ぎ止めて破綻から守り、かつ、弱き民を代表して、神様からの約束を敢えて主張することです。私たちが、自分の問題をひたすら祈るところから、そのような“とりなし”へと進み出ることを、クリスマスの主は待っておられるのです。



