2020年10月7日 世から捨てられると感じるなら幸いだ
ルカ20:9-26 「ぶどう園と農夫」の喩えは、天の父から最後通牒として送られる御子を惨殺しようとする、世の罪深さを語っています。民衆はそれを聞いて、そんなことがあってはならない、と反応しましたが、イエス様は詩篇118篇を引用なさりつつ、ご自分が「世からは捨てられる石」であり、しかしだからこそ、御国の「隅の親石」となられると語られました。私たちも、世から非難されたり誤解されて不当に扱われたりして、不要物扱いされることがあるかも知れませんが、それは“砕かれた心”で 「隅の親石」に繋げられる幸いな契機となるのです。
「ぶどう園と農夫」の喩えは、天の父から最後通牒として送られる御子を惨殺しようとする、世の罪深さを語っています。民衆はそれを聞いて、そんなことがあってはならない、と反応しましたが、イエス様は詩篇118篇を引用なさりつつ、ご自分が「世からは捨てられる石」であり、しかしだからこそ、御国の「隅の親石」となられると語られました。私たちも、世から非難されたり誤解されて不当に扱われたりして、不要物扱いされることがあるかも知れませんが、それは“砕かれた心”で 「隅の親石」に繋げられる幸いな契機となるのです。



