2020年10月7日 主イエスの涙を知る道
ルカ19:41-48 主イエスはエルサレムをご覧になって「泣いた」と言われています。その涙を目撃しながら、弟子たちは、当時はその意味を全く理解できませんでした。イエス様は神殿の境内でも、全身全霊でメッセージを発信なさいますが、その愛は届きません。しかし、そのことで挫折なさることはなく、十字架と復活と聖霊降臨によって、ご自身の愛が届き始める日を仰いでおられました。私たちも、自分の愛が誰かに届かないと感じて苦しむ時があるとしたら、それはこの方の弟子らしく歩めという、召しなのです。
主イエスはエルサレムをご覧になって「泣いた」と言われています。その涙を目撃しながら、弟子たちは、当時はその意味を全く理解できませんでした。イエス様は神殿の境内でも、全身全霊でメッセージを発信なさいますが、その愛は届きません。しかし、そのことで挫折なさることはなく、十字架と復活と聖霊降臨によって、ご自身の愛が届き始める日を仰いでおられました。私たちも、自分の愛が誰かに届かないと感じて苦しむ時があるとしたら、それはこの方の弟子らしく歩めという、召しなのです。



