2020年7月17日 敵の目の前でも 「顧みを受けている」という事実
ルカ1:67-80 長い“悔い改め”の期間を経て、ザカリヤの心の中には、理解を超える仕方で主が自分たちを“顧みて下さっている”という感謝が溢れていました。ローマ帝国の苛酷な植民地支配をはじめ、辛い現実が変わったわけではありません。「敵の目の前で、主が私たちを顧みて下さっている」という思いが、彼の内面に、以前とは比較にならないほど、豊かにされたのです。その事実こそが、落胆や分裂の力の只中で、神の子たちの頭を上げさせてくれる 「救いの力」なのです。
長い“悔い改め”の期間を経て、ザカリヤの心の中には、理解を超える仕方で主が自分たちを“顧みて下さっている”という感謝が溢れていました。ローマ帝国の苛酷な植民地支配をはじめ、辛い現実が変わったわけではありません。「敵の目の前で、主が私たちを顧みて下さっている」という思いが、彼の内面に、以前とは比較にならないほど、豊かにされたのです。その事実こそが、落胆や分裂の力の只中で、神の子たちの頭を上げさせてくれる 「救いの力」なのです。



