2020年8月1日 見出された罪人、召された病人として
ルカ5:27-39 レビ(マタイ)は、自ら好んで徴税人として生きたのではなく、恐らくは父親のライフスタイルを継承して、劣等感を金稼ぎで埋め合わせる日々を送っていたのだと思われます。真の友も殆どおらず、虚しく滅びに向かっていた彼は、しかし 「私について来なさい」という主イエスに出会い、瞬時にその弟子になりました。彼がその日のうちに自宅で開いた“祝宴”は、本当に自発的なものであり、既存の“宗教”には枯渇している生命が、そこには満ち溢れていました。
レビ(マタイ)は、自ら好んで徴税人として生きたのではなく、恐らくは父親のライフスタイルを継承して、劣等感を金稼ぎで埋め合わせる日々を送っていたのだと思われます。真の友も殆どおらず、虚しく滅びに向かっていた彼は、しかし 「私について来なさい」という主イエスに出会い、瞬時にその弟子になりました。彼がその日のうちに自宅で開いた“祝宴”は、本当に自発的なものであり、既存の“宗教”には枯渇している生命が、そこには満ち溢れていました。



