2022年4月5日 過越の奥義に私たちも招かれている
マルコ14:12-31 いわゆる“最後の晩餐”に、主イエスは敢えてユダも入れました。そして未熟な弟子たちの前で、賛美と感謝の祈りを捧げましたが、それは、世の罪深さや未熟さを打破する“過越の奥義”を、ご自身が実現なさるのだという自信感の表明であり、私たちへの招きなのです。
いわゆる“最後の晩餐”に、主イエスは敢えてユダも入れました。そして未熟な弟子たちの前で、賛美と感謝の祈りを捧げましたが、それは、世の罪深さや未熟さを打破する“過越の奥義”を、ご自身が実現なさるのだという自信感の表明であり、私たちへの招きなのです。



