年別アーカイブ:2020年
信じた時、聖霊を受けましたか
2020年12月13日
主日礼拝
使徒19:1-10
説教者:坂本兵部牧師

第三次伝道旅行でエフェソに辿り着いたパウロは、そこで出会った信徒たちに 「信じた時、聖霊を受けましたか?」と訊きました。イエス・キリストを主と告白していても、聖霊の躍動する生命を知らないまま、的外れな歩みをしていることがあり得るのです。エフェソの信徒たちはパウロと共に御言葉を学びながら、内面の深い癒しを受け取り、神の国を共に世に力強く証しする人生を歩みました。神様であられる聖霊の、私たちに向かう召し(ご計画)は、私たちの思いより遥かに大きいのです。
私たちに命の水を味わわせる神様の熱心
2020年12月12日
早天礼拝
ゼカリヤ14:1-9
説教者:坂本兵部牧師

来たるべきメシヤに属する神の子たちには、終わりの日に、敵どもが連合して襲い来るような事態が起こると、ゼカリヤは語ります。その試練の中で、主は私たちを守り抜き、私たちのために率先して戦い、「オリーブ山を割って道を作る」ような離れ業をなさると言われます。その導く先は、整序から溢れ流れる“命の水”に、私たちが無償で浴するという、感激のゴールです。その目的地を信仰で捉えて先取る者が、世に勝つのです。
罪を清める泉への招き
2020年12月11日
早天礼拝
ゼカリヤ13:1-9
説教者:坂本兵部牧師

神殿を再建した後も変わらない現実の中で苦しむ民に向かってゼカリヤは、「来たるべきメシヤの日に、罪を清める泉が開かれる」というメッセージを語ります。私たちは自分の“問題解決”を最大の関心にする傾向が強いですが、神様は私たちを愛するがゆえに、その“内面の聖さの回復”に最大の関心がおありです。私たちの歩みに起こっている諸々の躓きは、私たちの内面の不純物を浮き上がらせ、悔い改めへと導く神様の導きであり、恵みなのです。
希望の囚われ人として生きよ
2020年12月10日
早天礼拝
ゼカリヤ9:9-12
説教者:坂本兵部牧師

バビロン捕囚からの帰還の後、エルサレム神殿の再建が困難を極めた時、主のメッセージを伝えたのが預言者ゼカリヤでした。神殿がようやく建った後も、変わらない現実の中で心沈みがちな民に向かって、やがて人間の考えを遥かに超える仕方で来られるメシヤが、驚くべき贖いをなさるから、あなたたちは 「希望の囚われ人(prisoners of the hope)」として生きよ、と彼は語ります。その預言は500年後に主イエス・キリストによって実現し、この時代を生きる私たちの希望の根拠ともなっているのです。
神様の喜びの歌に呼び集められる
2020年12月9日
早天礼拝
ゼファニヤ3:11-20
説教者:坂本兵部牧師

バビロン捕囚の先に成就するメシヤ王国では、主が私たちの内から 「勝ち誇る兵士(自分の義を誇る高ぶり) 」を除くと言われます。恵みに謙遜に与り、正直さと親密さを回復しつつ、主が歌って下さる喜びの歌に包まれる——それこそが、主が私たちの内に創ろうとしておられる姿です。世に揉まれてその祝福を失っていた神の子たちが、礼拝の喜びを回復すること。それが、我らの内なる主が約束しておられる“勝利”です。
ダニエルのように悩み戦う
2020年12月8日
早天礼拝
ダニエル7:15-28
説教者:坂本兵部牧師

ダニエルは王の夢は悠々と解き明かしましたが、自分が見た深遠な夢には圧倒されて、 大いに憂い、悩まされました。彼の苦悩は、その後の歴史の中で世の権勢に苛まれる聖徒たち、すなわち、今もイスラム圏や共産圏で迫害される聖徒たちや、民主主義の堕落の中で信仰を守るのに困難を覚えている聖徒たちの苦難と、深く繋がっています。私たちの痛みも、彼らの痛みと繋がっているなら、私たちは彼らと共に、そして主イエスと共に、世に勝つのです。
ダニエルと同じ恵みを纏って生きる
2020年12月7日
早天礼拝
ダニエル7:1-14
説教者:坂本兵部牧師

ダニエルは、捕囚期にバベロンとペルシアという二つの帝国に公務員として忠実に仕えつつも、肉眼には見えない御国の栄光を証しした人物です。その彼が、バベロンの最後の王ベルシャツァルの治世元年(BC550)に受けた啓示は、世界史に君臨する強国の変遷を超えて、三位一体の主こそが世の罪を裁き、真に統治なさるというものでした。そのような霊的視点は、彼の内なる“聖なる種”=御言葉=から来るものであり、世の激しい霊的戦いの只中で、御国に属する者として勝利する原動力でもありました。
神様の御心の中を歩む
2020年12月6日
主日礼拝
使徒18:12-23
説教者:坂本兵部牧師

パウロはコリントで“十字架のイエス・キリスト”の御言葉に没入して、1年6カ月間、大勢の弟子たちを育てましたが、新しい総督が赴任したのを機に迫害に遭います。危ないところで命が助かった彼は、生き残った身を世界宣教のために捧げきる誓いを神様に捧げて、エルサレム&アンティオケに帰還し(第二次宣教旅行の終わり)、殆ど休まずに第三次宣教旅行を開始します。苦難の中でもキリストによって慰めを受け続けることで、苦難の中にある兄弟姉妹たちを慰め建て上げる。そのような道に彼は召され、真実に応答していたのです。
堅固な都、その城門を開け
2020年12月6日
早天礼拝
イザヤ26:1-19
説教者:坂本兵部牧師

目に見える不安な状況に圧倒されているユダの民を代表して、イザヤは 「主以外の支配者が私たちを支配しています」と告白しました。それは、“罪と死の権勢”(ローマ8:2)に抑圧されて、思い煩いや恐れに呑み込まれがちな私たちと同じです。しかし、主に属する者たちにとっては、虚しい死がゴールではなく、その向こうに満ち溢れる復活の栄光こそがdestiny なのです。暗い現実の中でもその約束に思いを定めて救いの歌を歌う人に、主は今日も注目なさり、その人々の周囲に美しい回復の出来事を起こされます。
救いの賛美は思いがけない所から
2020年12月4日
早天礼拝
イザヤ27:1-23
説教者:坂本兵部牧師

世界全体が裁きを受けて、富める者も貧しき者も等しく打ちのめされるその日、 救いの賛美の声をあげる群れが 「海から」起こされると、イザヤは預言します。当時のユダの民にとって、そのような群れが 「エルサレムから」起こされると言われれば、理解しやすかったでしょう。 「海」とは、思いがけない罪人たちの世界(異邦)を指します。今日も、罪と傷の深さに悩む人々の中から、人々が見向きもしないようなところから、神様はそのような喜びの声を引き出すべく、御業を成しておられます。